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ガン治療に最も効果的な食事法

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ガン治療に最も効果的な食事法

自分の体のことでありながら、肝臓がん末期に至っているなんて、思いもよりませんでした。自分の体のことは自分が一番よく分かるといいますが、それは嘘でしょう。病院で精密な検査を行わなければ分からないことはたくさんあるのでしょう。検査なしでは、体の中で何が起きているかなんて分からないものです。
 
いずれ肝臓がん闘病記を読むようになるなんて考えずに、健康は空気のように当然の環境として捉えていました。闘病記は健康な時代には無縁なものでしたが、告知を受けてからはとても身近なものになりました。作られた小説よりも、ノンフィクションの闘病記がすっかり身近になってしまいました。
 
昨日までのことが夢だったように、肝臓がんが末期から完治まで変わってくれないかと願ったものです。もちろん、一夜明ければすべてが変わっていることなんてありません。今日は昨日の連続であり、その関係が断絶されることなどはありえません。この連鎖を断ち切ることができないところに、現代医療の限界があるのかもしれません。
 
最先端医療であっても、末期肝臓がんを完治させることは容易なことではありません。しかし、最先端医療は着実に進歩していくものですので、奇跡を起こしてくれるか農政だってあります。特効薬が発見されないという保証があるわけではありませんし、最先端医療の動向によっては、これまでとは異なる画期的な治療法が確立されることもあるのかもしれません。
 
末期肝臓がんを劇的に回復させ、それまでの闘病生活をなかったことにしてくれるような治療法はありません。手術にしろ、化学療法や放射線治療にしろ、常にリスクとの戦いです。手術はうまくいけば腫瘍を摘出することで大きな進展を見ることができるケースもありますが、化学療法や放射線治療は時間をかけて行っていくものです。
 
例外なく末期肝臓がんを治療できる手法が存在しているわけではありません。そうである以上、延命のために治療中心の生活を続けるよりも、心残りがないように生きることのほうが大切なことなのかもしれません。人間は、誰しも必ず死を迎える時が来ます。そうである以上、長生きよりも濃度の濃い人生を送る決意の方が尊いのではないかと思うことがあります。
 
5年生存率を見て、呆然としてしまいました。肝臓がんも末期になれば、この先の人生のことを思わずにはいられません。自分の人生が終わることを見越して、残りを生きていくとすれば、それが余生ということなのでしょうか?限られた命のリミットを延長するためには、名医に頼るのがよいのかもしれません。
 
神の手を持つといわれるような名医であれば、肝臓がん治療において大きな成果をあげてくれるかもしれません。実際に、これまでの多くの実績を残してきたことで名医と評価されているのですから、それは十分に期待できることです。名医を探すために気力を振り絞るぐらいの価値はありそうです。
 
専門医の力量によって末期肝臓がん治療が変わってくるのは不公平なようですが、それも真理でしょう。手術であれば、執刀医の能力が生死を分けることになるのですから、命を預ける側としては、専門医選びに慎重になるぐらいしかありません。消極的なようですが、それが実際のところではないでしょうか。
 
肝臓がんが末期に達してしまうということは、望ましいことではありません。死が近くまで迫ってしまってから遠ざけるよりも、最初から距離をおいておくことのほうが効果的です。だからこそ、定期的な検診により、初期症状の段階で発見しておくことが重要になってくるのです。
 
命の重さは、普段意識することはないでしょう。それを末期肝臓がんという緊急事態を迎え、ようやく生きることは簡単なことや当たり前のことではないということを自覚するのです。健康だった過去を振り返ったところで、それはもはや遠い世界の出来事であることを受け入れなくてはなりません。
 
末期肝臓がんの宣告を受けることになれば、それは患者として大きな意味を持ちます。病名自体も、十分に命の危険を知らせるものですが、それがすでに進行してしまっていることを告げられているのですから、鷹揚に構えているわけにはいきません。今後、何が起こるのかを確認する必要があります。
 
5年生存率を見ると、末期肝臓がんであっても、必ず死に至るわけではないということがわかります。体質や症状の進行具合、適切な治療の有無など、様々な要因が絡み合って、その人の寿命が左右されます。したがって、どれだけの余命が残されているかは、その人次第ということになります。
 
末期肝臓がん治療においては、QOL(生活の質)という考え方が重要な意味を持ちます。どれだけ余命を伸ばすことができるかという延命至上主義を脱し、本当に人生に意味を見出せるような医療を行おうという試みです。これは治療方針の決定において、関わってくることがある考え方なので、覚えておいてください。
 
日常に危機意識を持っていたら、やがて疲弊してしまうでしょう。現代人は、それでなくても忙しいものです。末期肝臓がん治療に普段から備えて暮らすことなど、不可能に近いのが実情です。ただ、いざ病気を発症すると、事情が一変します。命がなくては、何もすることはできません。
 
名医や権威と呼ばれるような専門医の力を借りて、末期肝臓がんを完治させることができないだろうかという考えは、患者なら一度は持つのではないでしょうか?本来なら、もっと早い段階で検診を受け、その段階で手術や治療を行っておけばよかったのかもしれませんが、それも後の祭りです。
 
他の人の末期肝臓がん闘病記を読んでいて、途中で止まっていると不安になります。もしかしたら、執筆できなくなるような出来事があったのではないかと思うと、気が気ではありません。本当にどうであるのかは、確認できないのだからわかりませんが、元々弱っている命のため、心配は募ります。
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